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新着記事

大正12(1923)年9月1日

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Staff-Oh

 滝野川界隈の関東大震災がいかなるものであったか、残されている文章から抜粋をしてみる。 まず、公式記録ともいうべき「滝野川町誌」(昭和6年刊)では、  この日、東京では前夜來多少の風雨が断続的にあつたが、氣温は平年よりも高くて、盛夏の...

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<こまごめ絵画クラブ>絵画教室のご案内

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Staff-Oh

 北区昭和町にお住まいの画家の方が2017年7月に<こまごめ絵画クラブ>を設立し、絵画教室を主宰されています。その絵画教室のご案内です。 内 容: 油絵、水彩画、デッサン、パステル、色鉛など。 同一モチーフで複数で制作することも、一人、...

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田端駅の金魚池

田端駅の金魚池

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Staff-Oh

  田端駅構内にある金魚池。昭和45年ごろ、旧国鉄職員が高い石垣の下が暗く、少しでも明るくしようと自費で作ったことにはじまる。擁壁の耐震化工事のため金魚を引っ越し、工事終了後池を復旧するかは未定という。産経ニュースWEB版(2018.1...

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富士見橋

富士見橋

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 富士が見えた坂は、富士見坂、橋から富士が見えれば富士見橋。人は富士が見えれば富士見< >と名付けた。 田端に住んでいた室生犀星は富士山と云う次の様な詩を読んでいる。その詩集の序文末尾には「大正11年1月21日 田端にて」とある。富士山...

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大字・小字(滝野川町と巣鴨町)

大字・小字(滝野川町と巣鴨町)

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旧滝野川町の字名、大字瀧野川: 飛鳥山前、逆サ川前、東大原、大原嵯峨、馬場、西大原、小原、押外戸、谷津、宿、御代之臺、宮ノ下鴻ノ巣、鴻ノ臺、東三軒屋、西三軒屋、南谷端、北谷端大字西ヶ原: 殿ノ上、東谷戸、前谷戸、向原、西谷戸、上ノ台、第...

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宮本百合子が見た谷田川

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 宮本百合子が戦後子供の頃見た谷田川の風景を回想している文章がある。 田端の高台からずうっとおりて来て、うちのある本郷の高台へのぼるまでの間は、田圃だった。その田圃の、田端よりの方に一筋の小川が流れていた。関東の田圃を流れる小川らしく、...

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谷田川の橋

谷田川の橋

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Staff-Oh

 谷田川(谷戸川)は暗渠化されるに従い、これまで生活に欠かすことのできなかった橋は、当然のごとく不要となります。橋がなくなり橋につけられていた名前も忘れ去られました。今に交差点名としてかろうじて霜降橋・谷田橋・藍染橋などが残されています...

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江戸時代の谷田川

江戸時代の谷田川

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Staff-Oh

 新編武蔵風土記稿や御府内備考などに記された谷田川に関する記述を上流側から順次抜き書きすると以下のようになります。新編武蔵風土記稿・御府内備考は、江戸後期に江戸幕府が編集した地誌です。<上駒込村>の項 ※2谷戸川 北境西ヶ原村の接地に流...

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芥川龍之介記念館建設の話

芥川龍之介記念館建設の話

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事務局

2018年6月、北区が芥川龍之介旧居跡地に記念館を建設するという話が持ち上がりました。詳しくは北区のサイトを参照してください。http://www.city.kita.tokyo.jp/koho/kuse/koho/hodo/p...

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ホームの上屋

ホームの上屋

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 滝野川界隈のJRの京浜東北線・山手線の駅には、舶来のレール材が使われているホーム上屋を多く見ることができる。 レールの生産は、1901年(明治34年)に官営八幡製鉄所が操業を開始し、国産レールの生産が始まったが、自給体制が確立する昭和...

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